「何度でもやり直せる社会をつくる」をビジョンに設立された株式会社キズキが運営している、就労移行支援事業所「キズキビジネスカレッジ」を創設し、ご自身も発達障害(ADHD)を持つ林田絵美さんにお話を伺いました。
マルチタスクを迫られる仕事をする上で気を付けている事や工夫、そして自分自身の特性との向き合い方や考え方、キズキビジネスカレッジを運営していく上で、今後どのようなことを目指していくのかを教えていただきます。

発達障害があるとわかったのはいつですか?
元々、私は小さな頃から人づきあいが苦手でした。
衝動的な発言で人を不快にさせてしまったり、傷つけてしまうことや、空気を読めないことが多かったんです。
そんな自分が社会に出て上手くやっていく想像ができず「何か手に職をつけよう」と公認会計士なりました。
仕事をしている中でケアレスミスによる失敗が続き周囲から何度も注意をされ、「もっと頑張らなければ」と一生懸命にやっていたものの、ある時過呼吸になり倒れてしまったんです。
それがきっかけで精神科でADHDの診断を受けました。
当時は発達障害が今ほど認知されていなかった事もあり、周囲から理解を得る事が難しかったです。
自分と同じように周りにうまく相談できず悩んでいる人は、他にもいるんじゃないかと思うようになりました。
そんな経験を通して、「社会課題の解決を本業にしたい」と考えていた時にキズキ代表の安田祐輔と出会い、「ネガティブな期間をポジティブな期間に変える」ことをコンセプトのひとつとし、キズキビジネスカレッジ(KBC)」の設立に至りました。
発達特性とお仕事を円滑に進めるための対策は?
私の発達特性は、過集中の傾向が強いです。
過集中のときは時間の感覚がなくなり、疲れやストレスも普段より感じづらくなるのですが、それが続くと、ある日突然体に異変が生じてしまいます。
今振り返ると、それがこれまでの人生の様々な困りごとに繋がっていたように感じます。
そういった特性に対する対策や工夫は、過集中になると他のことへの意識が鈍ることが大きいので、ツールや仕組みでカバーするようにしています。
例えば、普通のgoogleのカレンダー機能では予定が近づくと、パソコンの画面の隅にポップアップが出て通知されると思うのですが、過集中のときはそれに気づかないほど集中してしまっていることも多いんです。
だから、画面のすごく目立つ邪魔なところに通知が出るような機能を導入するようにしました。
そのほかに、スマホだと通知だけでなくバイブレーションが鳴るようにしたりしています。
とにかく、自分の意識に頼らない仕組みを考えるということを鉄則としています。
過集中と連動しているのですが、マルチタスクもすごく苦手です。
会社でマネージャー以上の立場を経験していく過程でどうしてもマルチタスクをしなくてはいけない機会が多くなったことが、私が新たに直面した課題でした。
過集中の傾向が強い人のマルチタスクへのストレスは、ネットで好きな動画を真剣に見ている時に回線が乱れて動画が止まってしまったりする時のイメージに近いと思うんです。
形としては頑張ってマルチタスクをこなすように努力しますが、徐々にストレスが溜まってしまい、ひとつひとつのクオリティが6割程度になってしまう。
その対策として、脳をクールダウンする時間をしっかり取ることと、意図的に集中できる時間を作るということを実践しています。
集中ゾーンに入っている時は特に仕組みに落とす事を大切にしています。
タスク管理のツールとして業務アプリケーションを自作で作っているのですが、期日が近くなると赤くなってハイライトされ、期日が過ぎると更に目立つようにするとか。
6割程度のエネルギーでも仕事をこなせる仕組みを作ることと、それでもカバーできない場合は意図的に過集中をするための時間を作ります。
全てがうまくいっている訳ではないですが、この方法で以前よりは上手く業務をこなせるようになったと感じています。
どんなときに対策をしようと考えますか?
公認会計士として働いているときに、内部統制といって会社の組織の中で間違いや不正が起こらないようにする仕組みを作るコンサルティングに関わっていました。
公認会計士の役割は、会計情報が適切かどうかを保証することなのですが、会計情報が正しくないというと粉飾決算などのイメージが強いかもしれません。
ですが実際の現場はむしろ、人のミスによる間違いの方が遥かに多かったんです。
会計士として情報が正しいかどうかを考える上で、必ず考えなければならないことがあります。
それは、その会計情報がどのようなプロセスで作られていて、どのような間違いが起こる可能性があり、どうすればそれを会社の仕組みとしてカバーできるのか、ということです。
それが会計士としての主な仕事でした。
その仕事をしている過程で、事前にリスクを見積もったり、仕組みでカバーしたり、それでもカバーできない時に、どう対処すれば同じ間違いが起きないのかを考えていきます。
それと同じように、私自身の仕事のプロセスにも当てはめて考えることをしています。
私は基本的に物の管理が苦手で、例えば本を読もうとすると、本をどこかに置き忘れたり、前に買ったものなのに同じものを買ってしまったりすることが多くありました。
「これを読みたい」と思った時に読めないことが多かったので、本は過去に持っていたものも全て電子書籍化しました。本だけでなく冊子のノートも含め、生活の中で電子化できるものは電子化していくということを徹底しています。

失敗を繰り返す原因として何があると思いますか?
どれだけ手をかけるかは別として、大体のことは仕組み化でカバーできると考えています。
私が失敗するケースでは、自分のマインドセットに問題があると思っています。
大原則として「次も自分は同じミスをする可能性がある」という前提に立つことが自分は大事だと考えていて、そうしなかった場合、同じミスをする可能性が高いと考えています。
例えば、これまではミーティングがあった時に、その中で決めたことが頭から抜け落ちてしまうことが多かったんです。
タスク管理は工夫していましたが、それだけでは解決しない問題でした。
なぜなのか考えた時に、ミーティングを詰め込み過ぎている事に課題がありました。
ミーティングをしたすぐ後に次のミーティングがあると、前のミーティングの内容が頭から抜け落ちてしまうんです。
それを解決するために完璧ではありませんが、ミーティングが終わった後に振り返る時間を、あえて固定して予定に入れています。
ミーティングの中で上がった予定などを忘れる前に整理する時間を作るようになったので、前のような抜け漏れが減りました。
「次はやらないぞ」と考えると、できそうな仕組みや対策を見出すことができるようになりました。
「何度でもやり直せる」というキャッチコピーに込められた思いは?
これは代表の安田が作った言葉です。
発達障害の方のためのビジネススクールは2019年4月に立ち上がったのですが、その8年ぐらい前から不登校や中退、引きこもりの人のための学習塾をしていました。
その学習塾を運営していると、一度不登校や引きこもりを経験した人や、発達障害などが原因で離職を経験した本人たちと関わります。
その人たちがいくら前向きに取り組んでいても、その人を取り巻く周りの人が「このままで大丈夫か」と将来を心配したり、再就職を目指す際にその期間があったりするだけで、採用面接で不利になることがありました。
社会でなんとなく形成されている常識や価値観で苦しんでいる当事者は多いと感じています。
例えば「一度鬱(うつ)になったら、ビジネスパーソンとしてのキャリアは諦めなければいけない」という社会の目線を、当事者が感じ取ってそう思い込むとか。
そうなってしまうと、「やり直せる」と考えるのが難しくなるんです。
ですが、例えば「昔は不登校だったけど、今は行きたい大学に進学した」とか、「一度発達障害や鬱で離職したけど、環境を変えたら活躍できた」というような人が、当たり前のように周りにたくさんいたら、一度は落ち込むことはあるかもしれないけど、そこを目指して「やり直そう」と思えるのではないかと思うのです。
我々が考えている「何度でもやり直せる社会」を実現するためにやるべきだと考えているのが、一人でも多くの方を支援して、そのロールモデルを作ることで社会の認知や価値観を変えていくことです。
そういった想いでこの経営理念を掲げています。
発達障害の方の特性の問題って「誰にでもあるもの」だと見られがちです。
「気にしすぎ」とか、厳しいご両親だと「努力不足」「甘え」と言われてしまうこともあり、本来受けるべき支援等に繋がれないケースがかなり多いんです。
そこをどうにかしたいと考えていて、記事を書いてインターネットで調べたら情報が出るように発信することにも力を入れています。
今後どのようなことを進めていく予定ですか?
卒業生の中には障害者雇用で一般事務などもありますが、それ以外にもプログラマーやエンジニアとして就職された方や、会計や経営企画で就職されたりした方もいます。
鬱や発達障害があったとしても、適切な対策を立てられるようになったり、周りからの理解の得方を学んだりされることで、その人らしいキャリアを築けていけることがわかってきました。
その方にどういったキャリアが合っているのか、困りごとにどういう対策をするのが良いのかを体系的に示せたり、特性を分析してご自身に合った対策を見出せたりできるような仕組みを、テクノロジーを使って作っていきたいと考えています。
私が自分の特性に対処するときにITの力はかなり役立ったので、私がやってきたことを今後の支援に活かせないかと考えています。しかしそれが私個人の経験則やキズキの利用者のデータだけにすると偏りが出てしまうかもしれません。ですから根拠に基づいて、どういう特性でどういう活躍ができるのかをサポートできる事業を併せて展開していきたいです。
最近は発達障害の診断名だけで、その当事者の特性があたかも決まっているかのような記事がネットで出始めていることに大きな課題を感じていて、そういった偏った知識によって周りの支援が間違ったり、空回ってしまったりすることを懸念しています。発達障害の中での多様な特性に焦点を当て、就労支援を行なっていきたいと考えています。
現在でも、キズキではある程度特性の異なる様々な職種を体験し、検討したり、スキルを学べるようにしていますが、その中でも自分の特性に相性が良さそうなものを見つける支援をしています。それを今後更にブラッシュアップできたらと考えています。
発達障害などで悩んでいる人に伝えたいことは?
例えば今、何かがうまくいっていない場合、その原因は自分に合うものが見つかっていなかったり、自分の特性に合う対策が見つかっていないのかもしれません。それをどう対策していけばいいか迷ってしまったら、ぜひ専門性を持っている方に相談してください。そうすることで解決の糸口が見つかるケースも多いです。
発達障害に関する行政や民間のサービスは徐々に増えてきています。まずは地域の障害福祉課に相談してみても良いと思います。
キズキでも相談を受けています。キズキに合わないかもしれない場合であっても、その方の状況など様々な面から判断し、適切な機関をご紹介するサポートも随時行っています。